里山の耕作放棄が止まらない...! ー行き過ぎた経済至上主義がもたらしたものとはー


(更新日:2016.08.04)
読了時間:約7分
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皆さんの目を閉じてみてください、心の風景はどのような景気が浮かびますか?
またどんな未来の日本に住みたいですか?
子どもたちにどんな日本を残したいですか?

日本人であれば誰もが懐かしさのあまり肩の荷が下りたように素直な心で抱かれてしまう、ふるさとの風景。四季に色づく山があり、綺麗に折り重なる棚田、流れる清流、飛び交う蝶に、緑の風が頬をなでてゆく、そんな里山の風景が、日本人の心には懐かしく存在するのではないでしょうか。

2500年以上に渡り、僕らのご先祖様が自然を支配しようとするのではなく、向き合い対話しながら、汗を染み込ませ続けこしらえてきた、人と自然がちょうどいい塩梅で共生しあう見事な場所「SATOYAMA」。その、サステイナブルかつエコロジカルなシステムは、地球規模で環境問題に取り組んでいかなくてはいけない21世紀において、各国から注目され始めている。

しかし、その脚光とは裏腹に、日本の里山(特に中山間地の農地)は今なお次々と耕作放棄されてゆく現実がある。なぜだろうか?農業者の高齢化や後継者不足※1。これは確かに原因の一つではある。しかしもっと根本的な問題として、戦後の日本を覆ってしまった、画一化された物質主義的価値観と、行き過ぎた経済至上主義があろう。

例えば棚田を管理しながらお米作りを行うのは、平地の水田に比べ何倍もの労力コストがかかる。だが、棚田米は何倍という金額で簡単に売れるわけではない。棚田は安心で美味しいお米を育むだけでなく、水自体も浄化し、多くの小動物をはじめ生き物を育み、大気をも浄化してくれていることが明らかになってきている。工場や車から排出されたNO2やSO2を浄化してくれているのだ。

しかしその結果として農夫に支払われるのは、悲しいことにお米の代金のみである。これでは、いくら先祖様の大切な棚田を、未来の為に耕したとしても生活をやっていけないのが現実。国があの手この手、助成金をつけたとしても、この中山間地の農業を守れない原因の一つだ。

根本的な教育と仕組みが必要だ。

日本人は『おかげ様』という言葉が好きだ。田舎で活動するうちに私も口癖になっている。
お陰様・・・つまり今ここにこうして生きて活動出来ているのは、目には見えない様々な存在の支えがあってのことという考え方である。
感謝や謙虚さという日本人の美徳は、四季折々の里山での暮らしの中で育まれてきたのだ
ろう。

今なお宮崎駿の〚となりのトトロ〛は、老若男女に人気がある。心で求めながら、行動としては危機に追いやっている。あの原風景を次世代につなぐために、私達の耕作放棄地へのスタンスが問われている。


耕作放棄地面積の推移

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耕作放棄地とは、農作物が1年以上作付けされず、農家が数年の内に作付けする予定が無いと回答した田畑、果樹園と定義されている。(出展:世界農林業センサス)つまりは、農業の担い手が不足しているために有効活用されていない農地の事だ。

農林水産省によると、2010年の日本の耕作放棄地面積は約40万ヘクタールであり、この面積は埼玉県(約38万ヘクタール)や滋賀県(約40万ヘクタール)の面積に匹敵する。

[Photo:2010年世界農林業センサス結果の概要(確定値)]

※1農業労働力の推移 ー雇用労働者の増加、販売農家の農業就業人口の高齢化ー

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世界的に見ると、耕作放棄される要因は水不足や自然災害、戦乱などがあげられるが、日本の場合は農業後継者不足が大きな要因となっている。

以下で、農業の担い手の推移について見てみよう。

常雇の延べ人日は2005 年から2010 年にかけて1.34 倍に増加しており、農業における雇用拡大が常雇導入によって進んでいる。この背後には、規模拡大を図る農業経営体が雇用を導入しながら発展を遂げている動きがあると推測され、農の雇用事業などが後押しをしている可能性もある。その一方で、販売農家の農業就業人口の減少と高齢化が同時に進行しており、農業労働力の脆弱化に歯止めはかかっていない。それだけに新規就農の促進が求められるところである。

[Photo:2010年世界農林業センサス結果の概要(確定値)]

※1耕作放棄地増加の理由の一つである農業の担い手の減少

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平成21年に実施した全国市町村を対象としたアンケートによれば、耕作放棄地の発生要因は、全ての地域類型において「高齢化・労働力不足」が最も高くなっている。「地域内に引き受け手がいない」も比較的高く、地域内の耕作者が減少していることが大きな要因となっている。また、「農産物の価格低迷」や「収益の上がる作物がない」といった農業経営条件の悪化も大きな要因だ。

[Photo:耕作放棄地の現状について(農林水産省)]

資源としての耕作放棄地

農地が耕作放棄される時、多くはその土地は非常に資産性が低く、農業生産効率が低い。
しかし奈良の大和高原で健一自然農園が行なっている、耕作放棄された茶畑を自然栽培茶の生産に切り替える取り組みは、全く逆のパターンで、新たな耕作放棄地の可能性を示している。

内容はこうだ。3~10年耕作放棄されることで過去に撒かれた化学肥料や農薬が、流亡または分解、蒸散され、ほぼ残留農薬のない、即自然栽培に切り替えることのできる優良茶畑となっているのである。やや開墾に手はかかるが3~4年オーガニックへの切り替え年数を待たないといけない茶畑とを考えると、非常に使い勝手の良い状態となっている。

また、慣行農法での茶業が成り立たなくなっている産地のため、自然栽培を行いやすく地元理解がスムーズだ。また借地料も格安か無料で、管理することで感謝される場合が多い。

戦後の茶の市場は、とにかく①宇治などのブランド力。②肥料の聞いた旨みがいかにあるか。③早く取れる産地がもてはやされる。この3つの価値観から言わば大和高原都祁は全国でも最も始めの頃にドロップアウトした。

しかしその結果、自然栽培に移行可能な茶畑が、無尽蔵に生み出されていく結果となったのである。

時代の価値観は時として、その時代性にあったものに変化してゆく。それを誰よりも早く察知する、または、新たな時代の向かうべき価値観を自らが作り出すことで、まさに“周回遅れのトップランナー”が生まれ、違ったベクトルへと社会をリードし始める。

放棄された時間を、自然浄化された期間と置き換えることでその場所はまさに資源と化し、時代に必要とされる農作物を生産し新たなビジネスチャンスが生まれてきたのである。


人と人、人と自然の共生を実現する21世紀

競争を激化させることで技術力を発展させ、勝ち負けを明確にすることで富を集約し支配の構造を浸透させてきた近代、文明は劇的に発展し、10年前は夢のようだった技術も、5年で目の前に現れるような速さで暮らしは便利になり、物質的豊かさは手に入れた。

そして今、目に見えて課題が浮き彫りに成ってきた。

日本では三万人は切ったが依然として自殺する人はあとを絶たず、孤独死も増加している。
生活習慣病はどんどん低年齢化し、鬱などの精神疾患も増え続けている。        

お金を稼ぐことに邁進した結果、あまりにも自然界から乖離してしまったツケが、本人たちだけでなく、生まれ来る子どもたちに回されているのが事実であろう。

人と人、人と自然の関係を、競争から共生へ、奪い合いから分ち合いに、いかにパラダイム・シフトできるか?!キレイ事としてではなく、私達はその判断をもう喉元に突き付けられていることを、認識しなければならない。

日本がこの世界では稀に残った緑の大地を隅々まできちんと管理し、貧困を知恵と人の助け合いで切り抜けた江戸時代のように、“自分のことは自分でやり”“立つ鳥後を濁さず”の精神に立ち返り、それを具現化する時、人間がいかに自然界の中で生かされてゆくべきかを指し示す、道標になるであろう。

そしてそのコンセプトを世界の人々とシェアしていくのが21世紀人類の大きな役目ではなかろうか?

まずは、目の前に広がる耕作放棄に対する現代人の態度から見つめてゆきたい。


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http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36858

 

今回の問題意識とはやや視点が異なるが、様々な利害関係によって、耕作放棄地の農地流動化が簡単には進まないという状況も課題となっている。

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