二十歳になる前に考えたい親の幸せな老後


(更新日:2016.03.16)
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2015年は、126万人が新成人となった。私も今年で二十歳となり、来年、あの場で新成人として社会に出て行くと思うと、頭に浮かぶことがある。それは、“親”についてである。
成人式は子供の成人を祝う場というだけでなく、子供が今まで育ててもらったことを親に感謝する日でもある。そんな日を迎える前に私が考えておきたい親のことといえば、親の老後なのではないだろうか。一人っ子である私は、今まで自分の為に時間を割いてくれた親に自分の人生を楽しんでもらうための準備をはじめなくてはならない。気がはやいように思うかもしれないが、実際のところ父はあと5年もしないうちに年金をもらい、既に両親2人でシルバー割引で映画を観れるような歳だ。
父が年金をもらいだす65歳、まだ私は新米社会人である。自分自身の事で手一杯になる前に、成人を迎える前から少しずつ歳を取った親の生活の事を考えてみたい。


理想の親の老後と現実

今、母方の祖母は伯母一家と同居している。ひ孫含めた大家族が日々祖母の世話をし、母や母の妹は年金や保険など遠方からでもできるお金まわりの事務手続き面でサポートしている。私の父方の祖父は、父と父の姉が通いながら世話をし、私達一家がよく食事に行くような生活を送っている。私の両親の親たちはたくさんの子供たちや孫、ひ孫に支えられながら幸せに暮らしている。

 母の姉一家は祖母の世話で悩むと私の母や母の妹に電話をかけ、相談したりしながら祖母によりよい生活をさせようと工夫をこらしている。そんな両親の親たちを見て、私も、両親にこんなふうに幸せに老後の生活を送ってほしいし、送らせてあげたいと思っている。しかし、私にできるのか、という不安がよぎる。なぜなら私は一人っ子で助け合える兄弟がいないからだ。一番近くにありながら、一番遠く感じてしまう理想の介護。実際には、私の祖母や祖父のように幸せな老後を過ごしている人ばかりではなく、介護する側も介護される側にも大変なことが多い。場合によっては、介護疲れで身内を殺してしまうなんてこともあるようだ。


増加する介護殺人

実際に、データを調べていると、過去10年間で老老介護による介護に関連する事件は少なくとも400件は発生している。2000年には32件だったのが、2006年以降は年間50件以上と増えている。うちわけは、400件の内殺人が59%、心中が24%、傷害致死が11%、介護放置が4%と、想像するだけで、怖くなる。(データ元:『東京新聞』2009年11月20日)

 

具体的な例もみてみよう。
それぞれ「京都新聞」「朝日新聞」に掲載された記事で、高齢社会の現実を知ることができる。


介護殺人の例1〜両親の介護と自分の仕事の両立に疲れて父を殺害〜


五十九歳になる息子を、老いた母(八五)は精いっぱいかばった。しわを深く刻み、背の曲がった小さな体をうつむける。
 夫が脳梗塞(こうそく)で倒れ、四年四カ月。「ずっと私が介護してたんですけど…」。その九十一歳の夫を長男が殺(あや)めてしまった。今年一月七日。京都市下京区の自宅・
 「私が入院したのが悪かったんです、私が」。遺族であり、加害者の親でもある悲しみがやせた肩に重くのしかかる。
 リウマチを悪化させ、母は年末に救急車で運ばれた。父の介護計画を立案するケアマネジャーがそれを聞いたのは、年末年始休が明けてから。あわてて駆けつけた。支えていた母親が要介護度3と重い状態に陥ったことを知った。
 傍らの長男は父の介護が「しんどい」と言い、ケアマネに介護施設への入所を頼んだ。両親との三人暮らし。疲労がにじんでいた。ケアマネは翌日に手配したが「どこも空きはない」。年末年始は短期入所も満床で、予約待ちとなった。
 同じ日。父は近くのデイサービスセンターに顔を出していた。職員にちゃかされる。「山男みたいやな」。新年最初の開所日。いつもセンターでそってもらうひげが一週間分伸びていた。
 右手足にまひが残っている。リハビリで始めた塗り絵を、左手で丁寧に描いた。顔は赤く、目をとろんとさせたひな人形の絵。風邪で熱のあった自身を重ねたのか。
正月に九十一歳を迎えた父に、職員はハッピーバースデーの歌と拍手を送った。元気にあいさつする父。「百二十歳まで頑張ります」
 母が父をみる「老老介護」の家族だったが、ケアマネからみれば「それほど介護疲れしている家庭ではなかった」。その生活が母の入院で一変する。
 三度の食事を長男がつくる。薬とともに食卓に並べ、そのつど後片付けに立つ。掃除、洗濯、買い物…。風呂や着替えの介助、父の寝床も整えた。風邪をひいた父が尿を漏らすたび下着を替え、床を拭き、汚れ物を洗う。夜遅く、やっと自分の時間ができたが、疲れ切ってすぐに寝てしまう。母の見舞いもある。建築設計士の仕事も放っておけない。
 「将来の生活に不安とプレッシャーを感じた。ヘルパーは世間体から自宅に入れたくなかった」。長男は取り調べにそう供述する。
 一月七日午前九時。デイサービスセンターの職員が電話をかけた。お父さんはインフルエンザでしたか?「昨日病院へ連れて行った」と答えた長男に変わったところはなかった。それから二時間後、事件は起こった。
 寝たきりや重い認知症といった要介護度の高いお年寄りと穏やかに暮らす家族もいる。介護する側の心の負担は見た目で推し量れない。
 長男は自ら一一〇番し、そして駆けつけた捜査員にもらした。
 「介護に疲れました」

(引用元:『京都新聞』特集アーカイブ『折れない葦第三部「福祉に届かない声」』
http://www.kyoto-np.co.jp/info/special/orenaiashi/060316_3_1.html)


介護殺人の例2〜老老介護のすえ、妻を殺害〜


介護していた妻(当時79)の首を絞めて殺したとして殺人の罪に問われた無職福田満被告(88)=北九州市八幡西区=の裁判員裁判による判決公判(柴田寿宏裁判長)が14日、福岡地裁小倉支部であり、懲役3年執行猶予5年(求刑懲役5年)を言い渡した。
 判決によると、福田被告は介護と家事の疲れで追い詰められ、5月29日未明、同区岡田町の自宅で寝ている妻の首をビニール製のひもで絞めて殺害した。
 被告は公的な福祉サービスに対する知識がなく、孤立無援で妻の介護をしていた。柴田寿宏裁判長は、孤立無援の介護者がいることを行政や地域社会は早めに把握する必要があるとし、「周知、利用しやすい(福祉サービスの)仕組みをつくることが求められる」と述べた。

(『朝日新聞デジタル』2014年10月15日1:33http://www.asahi.com/articles/ASGBG3JWJGBGTIPE00J.html)


補足:老老介護の現状

私の両親は口癖のように“あなたは私たちのことは気にしなくていいからあなたの人生をいきなさい。”という。それは、どうやら私の両親だけではないらしい。しかし、現実はそんなに甘いものではなく、誰かしらの手をかりなければいけない時はやってくる。そんななかで、“老老介護”という言葉があるように。年老いた両親を配偶者や、その高齢となった子どもが介護しなければならないケースも少なくない。厚生労働省のまとめた国民生活基礎調査(2013年)によると、65歳以上の介護が必要な高齢者のいる世帯のうち、老老介護の世帯が51.2%もあることが報告されている。


今後増える可能性の高い介護殺人予備軍

今後更に進行するとされる少子高齢化。高齢者が増え、子供が減っていくことで更に1人の若者が支える老人の数が増えるばかりでなく、老老介護も増え、介護殺人が増えていくかもしれないという懸念がある。


介護疲れは、過剰な介護から開放されない親族の疲労が極限にいたるところから始まります。親族自身も心身の疲れを感じ、いつまで介護をすれば良いのかといった不安な気持ちや、介護に対する責任感が入り混じり、悲惨な事故の引き金となります。
(エキサイトニュース 2014年5月9日更新
http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20140504/Jijico_9504.html)

介護者が抱える悩み

一方、介護Wikiのアンケートページのなかには、介護者の抱える悩みとして、
次のようなものがあげられていた。

     悩み                  投票数
================================
今の介護が続くのかわからないという不安         153   
今現在、介護やその他の事に常に時間に追われている    125   
介護対象者(お年寄り)の介護の負担が重い         74   
介護に関する周囲の無理解                 60   
その他                                                            42 

 

 

 

介護殺人予備軍にならないために

 「介護に疲れました」
そう語って介護殺人の過ちを犯してしまった前述の記事の男性は、事件を起こす前に他の誰かに相談することはできなかったのだろうか?

周りに相談相手がいなく自分で抱え込んでしまう現状こそが、介護殺人を引き起こしてしまう最も大きな原因であろうことはように想像がつく。先述したように、私自身ここまで大切に育ててきてくれた親に第二の人生を楽しく送ってもらいたいと思っているし、介護殺人をしてしまった彼らもそれを願っていたはずだ。私もこの親に幸せになってもらいたいという理想と孤独無援の介護の現実により介護殺人を犯しかねない、介護殺人予備軍である。事実、親に介護が必要で自分の手が必要となったら、私はどんな行動をとるべきなのか?仕事を続けながら介護を続けることは出来るのか? そう考えると不安ばかりが募っていく介護に対する不安は募るばかりである。この不安のように、自身の中で親と自分の時間や気持ちのバランスが取れなくなった時に起こるのが介護殺人なのであると考える。

そう遠くない未来、若者1人で複数人の高齢者を支える時代がくる。そして老老介護世帯も増える。そのような時代にまず求められるのは、介護者間の連携が必要なのではないだろうか。

介護に関する情報の共有を行うこと、そして今実際に介護をしている当事者同士だからこそ分かり合える悩み、そして同じ悩みを抱えているひとがいるという安心感など介護者ネットワークのもたらすものは少なくないはずだ。実際、介護関連の知恵袋や掲示板がたくさんたつように相談相手、話し相手を求めている人は多い。

私の両親のように、周囲と連携みんなで介護をしていく体制、介護者ネットワークを整備する事こそ早急に必要な施策であると考える。


Kaigo

http://www12.ocn.ne.jp/~arajin/kaigosya/kaigo.html

 

介護者ネットワークの実践例
ケアする人のケアを掲げる団体「アラジン」

介護する人の相談を受ける出張サービスの実施や、介護する人たちのネットワーク形成をしている。

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